皮下気腫について

今回は馬の皮下気腫についての話です。

 

皮膚の下に空気が溜まる状態のことを皮下気腫(SUBCUTANEOUS EMPHYSEMA)といいます。

空気を含んだ皮膚を触ると、プチプチと小さな気泡が潰れるような触り心地がするのが特徴です。

ひどく皮下気腫を起こした馬はブクブク太ったように見えます。

皮下気腫の原因としては大きく二つあります。一つ目は、肺や気管など胸の中の組織が破れる場合、

二つ目は皮膚を通って直接空気が入る場合です。

 

明らかな皮膚の外傷がなくても体の内部における見えない外傷によっても起こりえます。

つまり、外傷を伴わない打撲でも気管や気管粘膜の損傷から皮下気腫を併発することがあるということです。

この場合、皮下気腫を発症するまで気管の損傷に気付けないでしょうから、畜主からの「牧柵に突っ込んだ」

あるいは「他馬に蹴られた」という情報も予見のために大切です。

 

また、一見関係なさそうでも腋窩(えきか;脇の部分)の外傷によっても生じます。

 

たいていの皮下気腫は一時的な状態であり、原因が除去されれば自然と解消するため特別な処置はいりません。

しかし、重度なものの場合、気胸や肺気腫といった命に係わる合併症に繋がることもあるので看過できません。

  

今回、腋窩部の刺し傷から重度の皮下気腫を発症した繁殖牝馬に遭遇したので報告します。

 

2021年10月、左前肢を跛行しており脇の部分に怪我があるとのことで往診依頼がありました。

どうやら夜間放牧中に鹿に角で刺されたようです。傷自体は縦に2-3cmでそこまで大きくありません。

洗浄を兼ねて内部を精査してみると頭側と上(天井)に向かって10-15cmほど傷が広がっています。

 

刺し傷ですので縫うこともできませんから抗生剤と消炎剤で治療することにしました。

 

その後、傷からは漿液が排出されるもののひどい感染を呈することはなく、跛行も徐々に良化したため放牧を再開していただきました。

 

初診から3日後、頸部と右足の一部に皮下気腫を認めましたが、腋窩の傷は気管や胸腔を損傷するようなものではないと考え、投薬を終了し放牧しながら経過観察することとしました。

 

牧場の方にも皮下気腫がひどくなるようなら連絡をくださるようにお願いをしておきます。

 

 

数日後、再度連絡がありました。様子を見に行くと、その繁殖が輓馬のように大きく膨らんでいました。

そしてあまり動きたがりません。

 

創傷管理に関する成書には腋窩部の外傷が一方弁付きのポンプのように働いて空気を皮下へ送り込むと記載があります。

また、皮下気腫から気胸を発症し死亡した例があるとも書かれています。

 

そこで、私たちは皮下に溜まった空気の除去を試みました。事前に聴診と血液検査にて異常なしを確認します。

鎮静と局所麻酔をして左右の肩、胸前の計3か所の皮膚を約2㎝切開しました。

それからエステティシャンのごとく切開部めがけて空気を押し出しました。

 

これを数日置きに3回行いました。吸引機があるのなら、太い針を刺してそれを繋げて吸引してもよいそうです。

 

 

 

この間、馬は腋窩の傷が治るまで舎飼いにしてもらいました。

 

成書や過去の報告では皮下気腫が重度な場合、進行を防ぐために馬房内で張り馬状態にすべきだという記載もあります。

 

また、ある論文では完全に傷が治癒するまで包帯でパックすることを推奨しています。

【参照】左画像。

 

 この後、傷の状態をみて放牧を再開しました。傷が治るにつれて皮下気腫も徐々に治まっていきました。

 

終診から1か月後、改めて馬を見させていただいたところ、以下の写真のようにすっかり元通りになっていました。

 

今回の症例を通して得たものは

・腋窩部の外傷は舎飼いにして皮下気腫の発生を予防すべき。

・縫合可能なら縫う。※それでも皮下気腫を発症することがある。

・ガーゼで創部をパックすることも考える。

・もし重度な皮下気腫を発症した場合、空気の除去を試みること。

・呼吸数の増加や息苦しさがないか、馬の様子を注意して見ること。

(今回の馬は、幸いなことに呼吸は常に正常でした)

 

 

【参考文献】

Equine wound management 2nd,3rd

SUBCUTANEOUS EMPHYSEMA IN EQUINE DUE TO DIFFERENT ETIOLOGY WITH SUCCESSFUL TREATMENT PROTOCOLS (onlineにてフリー閲覧可能)

Subcutaneous emphysema from an axillary wound that resulted in pneumomediastinum and bilateral pneumothorax in a horse

・Axillary wounds in horses and the development of subcutaneous emphysema, pneumomediastinum and pneumothorax

 

Subcutaneous emphysema in a neonatal foal(新生子馬でみられた原発性皮下気腫の報告)

 

報告者:住友 藍